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札幌高等裁判所 昭和59年(ネ)49号 判決 1984年11月29日

控訴人

関幸子

控訴人

内田光代

右両名訴訟代理人

江本秀春

村岡啓一

被控訴人

日産火災海上保検株式会社

右代表者

本田精一

右訴訟代理人

西川哲也

主文

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、被告人らに対し、それぞれ金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五八年四月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二  当事者の主張

当事者の主張は、次のとおり附加、訂正、削除するほかは原判決の事実摘示の記載と同一であるからこれを引用する。

一  原判決二枚目裏末行の次に改行して次の文言を加える。

「(1) 直接請求権の性質

ア  自賠法における責任保険契約の構造は、被保険者が第三者(被害者)に対して責任を負担した場合、保険者が第三者に保険金を給付することにより被保険者の責任を免脱することを原則とし、被保険者が第三者に対し現実に賠償義務を履行した場合だけ被保険者に保険金を給付すべきとする契約形態である。

イ  右形態の契約を法的にどのように理解するかにつき、次の二つの考え方がある。

(ア) 保険会社の第三者に対する直接支払義務とは、被保険者の第三者に対する賠償義務を保険会社が肩代りしたものと考え、第三者の直接請求権も損害賠償請求権に他ならないとする考え方(損害賠償請求権説)

(イ) 契約上の保険金請求権は第一義的には被保険者に帰属するが、被保険者は予め責任免脱のため条件付の権利移転を被害者に約し、保険会社がこれに承諾を与えていることにより、被保険者及び保険会社の意思の結果、第三者が保険会社に対し保険金の直接請求をなしうるとする考え方(保険金請求権説)

ウ  原判決は、何らの理由を示すことなく損害賠償請求権説を採用したが、責任保険契約の場合、保険事故が不法行為領域の責任の発生に依拠しているとはいえ、あくまでも契約法理の問題として解決論が要求されているのであるから、契約法と不法行為法を峻別して考察する限り、保険会社が責任保険契約により、損害賠償債務を肩代りすると解するのは不自然であり、むしろ保険会社が保険金債務を負担し、その債権者が権利移付の結果変わるにすぎないと解する後説の方が、はるかに保険契約関係の理論構成として説得力があると言うべきである。

また、このように解してこそ、自賠法一五条の保険金請求権との統一的把握が可能となるのである。

(2) 損害賠償請求権と直接請求権との相互関係

ア  自賠法三条による保有者の損害賠償の責任が発生した場合、被害者は保険会社に対する直接請求権と被保険者に対する損害賠償請求権を同時にかつ別々に取得する。

右両者の関係につき、原判決は、あたかも、共同不法行為者間の不真正連帯債務の如く、一方の履行が、当然に他方の満足につながる、密接不可分な同レベルの関係であるかのように判示している。

しかしながら、仮に自賠法一六条一項の直接請求権の性質を原判決のように損害賠償債権であると解するとしても、右の性質論から、両者の関係が必然的に導き出される訳ではない。何故ならば、右損害賠償債権は保険法理の枠組みに則つて行使されるべきことが法定されているからである。

すなわち、被害者の保険会社に対する直接請求権は、自賠法一六条一項によつて発生条件が定められているのみならず、消滅の場合の要件も同法一六条二項によつて規定されているのであり、自賠法一六条の構造全体を無視して本質論の把握だけから、直接請求権と損害賠償請求権の関係を論ずることはできないからである。

イ  そこで、保険法理に従つて、被害者の被保険者に対する損害賠償請求権が消滅した場合、自賠法一六条一項の直接請求権がどのような影響を受けるのかを考察してみるに、自賠法一六条二項は、「被保険者が被害者に損害の賠償をした場合において、保険会社が被保険者に対してその損害をてん補したときは、保険会社は、そのてん補した金額の限度において、被害者に対する前項の支払の義務を免がれる」と規定している。つまり、自賠法一六条二項は、単に被保険者が被害者に損害の賠償をすれば、それだけで直接請求権がその範囲で消滅すると考えているのではなく、あくまでも保険法理に従つて「保険会社が被保険者に対してその損害をてん補」したことを要件として、初めて直接請求権の消滅を認めているのである。

ウ  したがつて、単に被害者の被保険者に対する損害賠償債権が消滅したという一事のみによつては、直接請求権の行使は許されないと解することはできないものといわなければならない。

保険会社は、自賠法に定める保険法理に従う限り、被保険者の法的責任負担という保険事故の発生によつて被保険者に対する関係で保険金支払義務を負担しているのであつて、その義務の履行は、被害者の直接請求に応じて支払うか―一六条一項―あるいは、加害者の賠償義務の履行を条件として加害者である被保険者に支払うか―一五条、一六条二項―であつて、いずれをも拒否しておいて、義務の免責を主張することはできない仕組みになつている。もし、保険会社が被害者の直接請求を「被保険者たる加害者の賠償義務の履行」を理由として拒否するのであれば、その当然の反射として自賠法一六条二項に定める「被保険者に対してその損害をてん補」するべきであろう。このことは、同法一五条の加害者の保険金請求に応ずることに他ならない。ところが、保険会社は同法一五条の保険金請求に対しても「自己の支払」に該らないとして、すなわち、「被保険者たる加害者の賠償義務の履行」ではないとして、拒否しているのである。これは完全な矛盾である。」

二  原判決三枚目表一行目の「(1)」を「(3)」と、同二行目の「及ばない」を「適用がない」とそれぞれ改め、同行目末尾の次に改行して次の文言を加える。

「ア 混同による債権消滅の理由は「自己に対して給付を請求することは無意味である」という点に求められるが、つぎのような場合には混同消滅の例外が認められる。

(ア)  債権が第三者の権利の目的たるとき(民法五二〇条但書)

(イ)  債権、債務の帰属する財産がそれぞれ分離独立している場合。

(ウ)  証券化した債権の場合

また、必ずしも右例外の類型に該当しなくても、経済的に意味のある場合には、民法五二〇条但書の趣旨を類推して、債権の存続を図ろうとするのが今日の通説的考え方である。

イ 右の観点から、本件の場合を考察すると、損害賠償債権債務が同一人に帰属しても経済的に意味のある場合と考えられ、混同消滅の例外に該当すると言うべきである。その、消滅を認めるべきでない具体的理由は、次の二つの方向から見出すことができる。すなわち、一つは控訴人の側の利益に着目した考え方であり、二つは被控訴人の側の利益に着目した考え方である。

(ア) 本件の損害賠償債権は、当然自動車損害賠償責任保険においててん補されることになつているから、保険金によつて担保されている債権と考えて差支えなく、その引当てとなる責任財産が被相続人の財産から分離独立している場合と考えられる(被害者の加害者に対する損害賠償請求権と保険会社に対する直接請求権は別個独立のものとして併存し、保険会社が被害者に保険金を支払つても加害者から求償する関係にないことも考慮されてよい。)したがつて、控訴人らが損害賠償債権を相続し、それと同時に保険金によつて実質的に担保されている損害賠償義務を相続したとしても、「債権、債務の帰属する財産がそれぞれ分離独立している場合」であるから混同消滅は生じないのである。

(イ) 控訴人らはいずれも、加害者の地位と被害者の地位を相続によつて承継したが、それと同時に、保険契約上の被保険者の地位(保険金請求権の権利移付をうけた被害者も第二次的被保険者といえる。)をも承継した。このことは、不法行為の領域と契約法理の領域の異なる次元の当事者の地位を承継したことを意味する。そして、保険契約法理の領域に着目してみると、自賠法上の保険金請求権は被保険者と保険者の法的関係に基づいて発生するものであり、その要件が不法行為領域の損害賠償義務の履行如何にかかわつているのであるから、損害賠償債権は第三者である保険者の利益にもかかわつているものといつてよく、「債権が第三者の権利の目的たるときに」該当する。

すなわち、保険者は、前述のとおり保険法理に従う限り、保険事故の発生によつて保険金支払債務を負担しており、その債務履行の方法が自賠法一五条の加害者請求に応ずるか、あるいは同法一六条一項の被害者請求に応ずるかの二者択一になる訳で、しかも、いずれの請求に応ずるかによつて免責の要件は自賠法一六条二項、三項、四項に定めるとおり必ずしも同一ではないのであるから、いずれの請求であるかを特定しておく手続上の利益がある訳である。

したがつて、本件の場合は、保険者、被保険者双方の立場からみて、法的に保護されるべき利益が存在する場合であるから、民法五二〇条但書の適用を受け、混同の規定は排除されるのである。

ウ また、原判決のように、一般的に損害賠償債権の相続につき混同による消滅を認めれば、保有者が家族の主柱のとき、保有者が死亡した方が被害者の要保護性が増すのに、かえつて被害者が保護されなくなつたり(父運転、母同乗の事故で子が遺族の場合において、母だけが死亡したときには自賠責保険による支払を受けることができるのに対し、父母ともに死亡したというより悲惨なときには支払を受けられない例など)、保有者の死亡時期という偶然の事情により保険金を請求し得たり、し得なかつたりという不合理な結論を招来することになる。

したがつて、このような不合理性を解消するためには、被害者が保有者を相続した場合であつても保険金請求を認める必要がある訳で、そのためには、一般的に混同による債権の消滅の例外を認めるべきである。なお、原判決の指摘する保有者が相続人として直接請求してきた場合の不合理性は、権利濫用としてその請求を否定することにより妥当な結論を得ることができるから、一般的に混同消滅の例外を認めることの障害にはならない。」

三  原判決三枚目表一二行目の「(2)」を「(4)」と改め、同四枚目表一〇行目の次に改行して次の文言を加える。

「原判決は、保険会社が追加保険料を控訴人から徴収したからといつて「特別の事情の存しない限り」混同消滅を理由として支払拒絶を表明したものとは解されないから、禁反言の法理又は信義則に反しないと判示している。

しかしながら、控訴人らが指摘した問題の焦点は、追加保険料徴収制度に則つて保険契約者の相続人に対し追加徴収することは、加害者―被害者とは別の次元で、つまり保険法理の領域で保険会社は、控訴人らを保険契約者として取扱つている(制裁的意味を含めて追加保険料を課している。)のであるから、保険法理に従う限り、反対給付である保険契約上の対価=保険金は保険契約者の地位に立つ控訴人らに支払われるべきが当然であるということである。

保険会社は保険法理に従つて保険料の徴収及び保険金の支払をすれば足りるのであり、それを不法行為領域の混同消滅の理論を持ち込んで保険金支払債務を免れるとするところに、保険法理を逸脱した理論の混交が認められるのである。控訴人らはこの異次元の理論の混交を、具体的事実経過に即して、禁反言の法理、信義即違反と「評価」したものであり、そもそも原判決が立証を求める「特別の事情」の存在が結論を左右する場合ではないのである。

つまるところ、本争点は、被害者の被保険者に対する損害賠償請求権が消滅した場合、当然に自賠法一六条一項の直接請求権は消滅するのか否かと同一であるから、この点についての前記の批判がそのままあてはまる。」

四  原判決四枚目裏末行の次に改行して次の文言を加え、

「自賠法一五条と同法一六条二項を対比すると、「損害賠償額について自己が支払をした」という要件の意義は「被保険者が被害者に損害の賠償をした場合」と同義であるものというべきである。そうすると、いわゆる自己の支払とは、直接現金を手交したような弁済の典型的な場合をいうのみならず、法律的観点から「損害の賠償」をしたと評価できる場合を広く含む趣旨と解するのが相当である。」

原判決五枚目裏二行目の次に改行して次の文言を加える。

「また、東京地裁昭和五八年七月二六日判決(判例時報一〇八八号一〇〇頁)も「「自己の支払」とは、被害者が現実に損害のてん補を受け、かつ、その態様が社会的、経済的、法律的観点から総合的に観察評価して「加害者の支払」と同視できる場合もこれに含まれる」と解釈し、共同不法行為者の求償債務負担をいわゆる自己の支払と同一視しているのである。

こうした判例の流れに従つて、本件事案を眺めれば、混同が債権の消滅原因の一つとされ、その実質が債権者の債務者に対する弁済と同一視できるのであるから、法的効果の面で「損害の賠償」をしたと評価して何ら差支えなくいわゆる自己の支払の要件を充足するというべきある。

被控訴人は、原審において混同は事実であつて「債務の履行」ではないと主張するが、いわゆる自己の支払の意義を明らかにするのに決定的に重要なのは、「損害の賠償」がなされたとみうるか否かの効果の点であり、行為の態様ではない。保険者にとつて重要なことは、被保険者に対し保険金を交付すべき「責任てん補」の要件の充足であり、これはもつぱら法的効果にかかわつているからである。また、混同は、何らの意思表示をしないことから「事件」とされているが、厳密には、相続放棄の意思表示をしなかつたという消極的意思表示の存在が隠されているのであるから、法律行為と別異に取扱うべき理由はない。

以上のとおりで、仮に原判決のように損害賠償債権債務につき混同の適用を認めたとしても、その法的効果である債権の消滅は、保険法理の領域では、「損害の賠償をした場合」に他ならず、自賠法一五条のいわゆる自己の支払の要件を充足するから、控訴人ら(被保険者の相続人)は、自賠法一五条に基づき保険金の支払請求をなしうるものというべきである。

原判決のように被害者の直接請求を排斥した時の理由付けが「被保険者たる加害者の賠償義務の履行」(同法一六条二項)即ち、混同消滅の効果を援用しておきながら、他方で、加害者の保険金支払請求を排斥するための理由付けとして、混同消滅では「加害者の賠償義務の履行」には該らないとするのは、完全な背理である。」

五  原判決五枚目裏五行目の「認め、」を「認める。」と改め、同行目の「同(二)」から同行目末尾までを削り、同行目末尾の次に改行して次の文言を加え、

「5の(二)の(1)、(2)の主張は争う。

被害者の加害者に対する損害賠償請求権と自賠法一六条一項に基づく直接請求権とは、いずれも被害者の損害をてん補するという同一の機能、目的をもつているのであり、いずれかによつて損害のてん補がなされれば、てん補されるべき損害は消滅又は減少するため、他方の請求権もその範囲で消滅することになる。この二個の権利は実体と影の関係にあり、これによつて被害者が二重に利得することは許されないから、一方の履行によつて満足された限度において両者は同時に消滅することになる。いわば一種の不真正連帯あるいは請求権競合の一場合とみることができよう。ちなみに、最高裁判所は昭和五四年(オ)第三四号、同五五年(オ)第四一〇号保険金請求事件において、直接請求権の性質に言及し、「自動車損害賠償保障法一六条一項に基づく被害者の保険会社に対する直接請求権は、被害者が保険会社に対して有する損害賠償請求権であつて、保有者の保険金請求権の変形ないしはそれに準ずる権利ではないのであるから、保険会社の被害者に対する損害賠償債務は商法五一四条所定の「商行為ニ因リテ生ジタル債務」には当たらないと解すべきである。」と判旨している(民集三六巻一号一頁)。したがつて、自賠法一六条二項は、この当然の帰結、つまりてん補した金額の範囲で双方の権利が消滅することを明らかにしたにとどまる。控訴人らは、被保険者が被害者に損害の賠償をしても、保険会社が被保険者に対してその損害のてん補をしない限りは被害者の直接請求権が存続すると解釈しているかのようであるが、同条二項の「保険会社が被保険者に対してその損害をてん補したとき」という字句から唯一そのような解釈が導かれるものではない。

被控訴人が直接請求を拒否したのは、損害賠償債権が消滅したからであつて、被保険者たる加害者の賠償義務の履行を理由とするものではない。また、加害者の保険金請求を拒否したのは、損害賠償債権の消滅原因が「自己の支払」に該当しないからである。その間に矛盾は存在しない。むしろ、加害者の相続人でもある控訴人らが請求方法を異にすれば、賠償にあずかることができることの方が不自然、不合理である。

同(二)の(3)の主張は争う。」

同九行目の「超えるものである。」の次に次の文言を加え、

「債権と債務が同一人に帰属すれば、債権は消滅し、それに付随する保証や担保も消滅するのであつて、保証や担保が付随するからといつて、逆に債権、債務が併存するというものではない。損害賠償債権が保険者の利害と関係があるのは当然であるが、右債権が保険者の権利の目的となつているという関係ではない。」

同一二行目末尾の次に次の文言を加え、

「控訴人らの論旨は被害者の保護にあるが、控訴人に要保護性はない。控訴人関幸子は現在三八歳、控訴人内田光代は三四歳で、父親の亡久國一男が協議離婚した後、間もなくそれぞれ婚姻して別の世帯を構えて、今日に至つている。控訴人らは、異母姉妹の久國朗子が死亡し(当時一二歳)、かつ久國一男との同時死亡が推定され、祖父母も既に死亡しているという偶然の事情が重なりあつたことにより、亡朗子の相続人の地位を得たに過ぎないのであり、本件において、混同の例外を認めるべき事情は存在しない。」

同一三行目の「(2)」を「(4)」と改め、原判決六枚目表五行目末尾の次に次の文言を加える。

「被控訴人が控訴人関幸子に保険料の支払を求めたのは、同控訴人が保険契約者久國一男の相続人であつたからである。保険契約者と保険金の受取人が異なる事態は保険契約において当初から想定されている。本件では、控訴人関幸子から保険料を徴収し、被害者である亡久國和子の相続人寺澤誠一、寺澤重留に対し、保険金を支払つている。控訴人らはその限りで、加害者久國一男より相続した、右両名に対する損害賠償義務を免れたのであるから、控訴人らの論旨に立つても、保険契約上の対価は得ているのである。控訴人らは、権利を主張するあまり、義務者としての反面の事実を見落としている。」

第三  証拠<省略>

理由

一当裁判所は、控訴人らの請求は、いずれも失当であると判断するところ、その理由は、次のとおり附加、訂正するほかは原判決の理由説示と同一であるからこれを引用する。

1  原判決七枚目表九行目末尾の次に次の文言を加え、

「控訴人らは、自賠法一六条二項の規定を根拠として同条一項に基づく直接請求権は、被害者の被保険者に対する損害賠償請求権が消滅したという一事のみによつては消滅しないと主張するが、同条二項の規定は、被保険者への保険金支払の効果として、保険会社は、同法一五条の規定に基づき被保険者に保険金を支払つたときは、その支払つた保険金の金額の限度において被害者からの同法一六条一項の規定に基づく直接請求権の行使に応ずる義務を免れることを定めたものであつて、右の直接請求権が被害者の被保険者に対する損害賠償請求権の消滅にかかわらずこれと独立別個に存続することを定めているものとは到底解することはできないから、この点に関する控訴人らの前記主張は採用することができない。」

同裏六行目の「及ばない」を「適用がない」と改め、同一二行目末尾の次に次の文言を加え、

「なお、控訴人らは、本件の損害賠償債権は、その引当てとなる責任財産が被相続人の財産から分離独立しているから、本件のような損害賠償請求権の相続の事案は、混同による債権消滅の例外としての「債権、債務の帰属する財産がそれぞれ分離独立している場合」に該当すると主張するが、本件の損害賠償債権の引当てとなる責任財産は被相続人の一般財産であつて、その責任財産に限定がないことは明らかであるから、この点についての控訴人らの主張は採用することができない。」

原判決八枚目表四行目の「非難するが、」の次に次の文言を加え、

「右の前者の設例においては、父は母の父に対する損害賠償請求権を相続した子に対し損害賠償義務を負つている以上、被保険者の損害のてん補又は責任免脱のために自賠法一五条による保険金請求又は同法一六条一項による直接請求を認める必要があるのに対し、後者の設例においては、損害賠償請求権と損害賠償債務とが相続により同一人に帰属したことにより損害賠償請求権が消滅するとともに被保険者の損害賠償義務も消滅し、被保険者の損害のてん補又は責任免脱の必要はなくなるのであるから、責任保険である自賠責保険の保険金の支払について右の両者の場合につき異なる取扱いをすることが必ずしも不合理であるということはできないし、」

同一三行目の「立法」から同末行の末尾までを「解釈論として右の見解を採用することはできない。」と改める。

2  原判決八枚目裏四行目の「(2)」を「(4)」と改める。

3  原判決一〇枚目裏四行目「主張を先導するもの」を「主張に添つた先例である」と改め、同五行目末尾の次に次の文言を加える。

「なお、控訴人らは、自賠法一五条のいわゆる自己の支払には、被保険者自身の支払のほかにこれと同視できる場合を含むと解すべきであり、混同による消滅は、被保険者自身の支払と同視できる場合に該当すると主張するが、混同による損害賠償請求権の消滅においては、債権と債務とが同一人に帰属することにより当然に債権消滅の効果が発生するものであつて、何人の出捐もなく、被害者が損害のてん補を受けることもないから、混同による消滅を被保険者自身の支払と同視することはできず、したがつて、自賠法一五条のいわゆる自己の支払の意義について控訴人ら主張のような見解に立つたとしても、混同による損害賠償請求権の消滅を右のいわゆる自己の支払に該当するものということはできない。」

二以上によれば、控訴人の本訴請求はいずれも失当であり、これを棄却した原判決は相当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法九五条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(奈良次郎 松原直幹 柳田幸三)

《参考・第一審判決事実および理由》

[事実]

第一 当事者の求めた裁判<略>

第二 当事者の主張

一 請求の原因

1 訴外亡久國一男(以下「亡一男」という。)は、被告との間で、亡一男所有の普通乗用自動車(以下「本件自動車」という。)につき昭和五六年六月三〇日から昭和五八年六月三〇日までを保険期間とする自動車損害賠償責任保険契約を締結していた。

2 亡一男は、妻である訴外亡久國和子(以下「亡和子」という。)及び亡和子との間の子である訴外亡久國朗子(以下「亡朗子」という。)を同乗させて、本件自動車を運転中、運転を誤り、室蘭市海岸町一丁目無番地の室蘭港中央埠頭付近から海岸に落下し、昭和五七年六月四日ころ、右の三人は死亡したが、各人の死亡時期の前後関係は不分明である。

3 亡朗子は、昭和四四年九月二〇日生まれの女子であり、本件事故当時満一二歳であつたが、同人は、本件事故により二〇〇〇万円を下らない損害(逸失利益及び慰謝料の合計額)を被つた。

4 原告らはいずれも、亡一男の子で、亡朗子の異母姉妹であるところ、他に亡一男及び亡朗子の相続人は存しないので、原告らは、各二分の一の割合により亡一男及び亡朗子の権利義務を相続した。

5 (一) 原告らは、被告に対し、昭和五七年九月六日到達の書面により、亡朗子の相続人として自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)一六条一項に基づくいわゆる直接請求をしたところ、被告は、同年一二月二〇日、原告らが加害者である亡一男の相続人でもあるので亡朗子の亡一男に対する損害賠償債権と亡一男の亡朗子に対する損害賠償債務とが混同により消滅したとの理由で、原告らに対する支払を拒絶した。

(二) 被告が原告らに対し、混同による消滅を理由として支払を拒絶することは、以下の理由により許されない。

(1) 民法五二〇条の混同の規定は、損害賠償債権の相続の場合には及ばないものと解すべきである。

そう解しないと、父運転、母同乗の事故で、子が遺族の場合において、母だけが死亡したときには自賠責保険による支払を受けることができるのに対し、父母ともに死亡したというより悲惨なときに支払を受けることができないという不合理な結果になる。本件事故においても、亡和子の第三順位の相続人である訴外寺澤誠一及び同寺澤重留は、被害者請求をすることができるにもかかわらず、亡朗子の第三順位の相続人である原告らは、被害者請求をすることができないという不合理な差異が生ずる。

(2) 原告らにおいて亡一男の相続放棄の申述をしていれば、混同の問題を生ずることはなかつたのであるが、以下に述べるとおり、被告の原告らに対する対応の仕方が悪かつたために、原告らは、民法九一五条一項所定の期間内に相続放棄の申述をすることができなかつたのであるから、被告が原告らに対し、混同による消滅を理由として支払を拒絶することは、禁反言の法理又は信義誠実の原則に違反する。

すなわち、原告らが被告に対し、昭和五七年九月六日、亡朗子の相続人として自賠法一六条一項に基づく直接請求をしたところ、被告は、原告関幸子に対し、同月七日、保険契約者である亡一男の相続人として自賠法一九条の二に基づく追加保険料の支払を請求したので、同原告は、被告に対し、同月一七日、追加保険料を支払つた。被告において同原告に対し、追加保険料の支払を求めたということは、被告としては、加害者である亡一男と被害者である亡朗子の相続人がいずれも原告らであつても、混同による損害賠償債権の消滅を理由として直接請求を拒絶することはしない旨を表明したものというべきである。それにもかかわらず、被告は、民法九一五条一項所定の期間経過後である同年一二月二〇日になつて、支払を拒絶した。

なお、亡一男、亡和子及び亡朗子の同時死亡が公的に明らかになつたのが、昭和五七年七月一三日であり、亡和子の死亡届が提出され、除籍になつたのが同月一九日であるから、民法九一五条一項所定の期間の起算点は、同月一九日である。

6(一) 原告らは、被告に対し、昭和五八年三月二八日、亡一男の相続人として、自賠法一五条に基づくいわゆる加害者請求をしたところ、被告は、同年六月三日、亡一男の亡朗子に対する損害賠償債務が混同によつて消滅したことは、同条の「自己が支払をした」場合に当たらないとの理由で、原告らに対する支払を拒絶した。

(二) 自賠法一五条が規定する「自己が支払をした」とは、被保険者が被害者に対して弁済した場合のみを指すのではなく、被保険者の被害者に対する損害賠償債務の消滅事由のすべてを含んでいるのであり、混同による消滅もその一つであるから、被告が右の理由で支払を拒絶することは許されない。

すなわち、自賠法一五条の規定は、被保険者が被害者に対して損害賠償額の支払をすることなく、保険会社に対して保険金の支払を請求することができることとした場合の、被保険者による保険金着服の危険から被害者を保護することを目的とするものであり、被保険者における現実の出捐行為を保険金請求権発生の要件とするものではない。

なお、最高裁昭和五三年(オ)第八八〇号昭和五六年三月二四日第三小法廷判決・民集三五巻二号二七一頁は、「自賠責保険契約に基づく、被保険者の保険金請求権は、被保険者の被害者に対する賠償金の支払を停止条件とする債権であるが、自賠法三条所定の損害賠償請求権を執行債権として右損害賠償義務の履行によつて発生すべき被保険者の自賠責保険金請求権につき転付命令が申請された場合には、転付命令が有効に発せられて執行債権の弁済の効果が生ずるというまさにそのことによつて右停止条件が成就するのであるから、右保険金請求権を券面額ある債権として取り扱い、その被転付適格を肯定すべきものと解するのを相当とする。」と述べているが、この判決は、被保険者による現実の出捐行為を要せず、法的効果として賠償額の支払があつたと同視し得る場合には、自賠法一五条の「自己が支払をした」という要件を充足することを明らかにしたものであり、右の原告らの主張を先導するものである。

二 請求の原因に対する認否

1 1ないし4の各事実は認める。

2 5の(一)の事実は認め、同(二)の(1)の主張は争う。

民法五二〇条は、債権が第三者の権利の目的となつている場合のみを混同による消滅の例外として規定しており、損害賠償債権の相続について例外を設けてはおらず、原告らの主張は、解釈論の枠を超えるものである。また、原告らと訴外寺澤誠一及び同寺澤重留との間で異なつた扱いを受けるのは、原告らが亡一男の相続人であるという異なつた立場にある以上当然であり、不合理ではない。

5の(二)の(2)のうち、原告らが被告に対し、昭和五七年九月六日、亡朗子の相続人として自賠法一六条一項に基づく直接請求をしたこと、被告が原告関幸子に対し、同月七日、保険契約者である亡一男の相続人として自賠法一九条の二に基づく追加保険料の支払を請求したこと及び同原告が被告に対し、同月一七日、追加保険料を支払つたことは、いずれも認め、その余の原告らの主張は争う。

3 6の(一)の事実は認め、同(二)の主張は争う。

自賠法一五条の「自己が支払をした」とは、被保険者が現実の出捐行為したことをいうものと解すべきである。

原告らの援用する最高裁判決は、被害者の被保険者に対する損害賠償債権の弁済の効果が生ずる場合を扱つており、被保険者の出捐による債務の履行があつた場合と同視し得る事例であるが、本件で問題とされている混同は、債権債務の消滅原因となる事実ではあるけれども、債務の履行ではないので、右の最高裁判決は、本件には適切でない。

第三 証拠<省略>

[理由]

一 請求の原因1ないし4の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二 そこで、原告らが被告に対し、亡朗子の相続人として自賠法一六条一項に基づくいわゆる直接請求をすることができるか否かについて検討する。

1 請求の原因5の(一)の事実は、当事者間に争いがない。

2 自賠責保険は、本来、加害者である被保険者が負担した損害賠償責任を填補することを目的とする責任保険であり、自賠法一六条一項に基づく被害者の保険会社に対する直接請求権は、被害者が被保険者に対して同法三条に基づく損害賠償債権を有する場合に、被害者に対する迅速な保護救済を計るという見地から、保険会社に対しても直接に損害賠償債権を行使することを許すというものである。(最高裁昭和五四年(オ)第三四号・同昭和五五年(オ)第四一〇号昭和五七年一月一九日第三小法廷判決・民集三六巻一号一頁、最高裁昭和三六年(オ)第一二〇六号昭和三九年五月一二日第三小法廷判決・民集一八巻四号五八三頁参照)から、被害者の被保険者に対する損害賠償債権が消滅した場合には、被害者は、保険会社に対し、同法一六条一項に基づく直接請求をするに由ないものというべきである。

原告らにおいて、本件事故の加害者亡一男及び被害者亡朗子の各権利義務を相続によつて承継したことは当事者間に争いがないところであるので、被害者亡朗子の加害者亡一男に対する損害賠償請求権と加害者亡一男の被害者亡朗子に対する損害賠償債務とが、同一人である原告らに帰したことになり、原告らが亡朗子から相続によつて承継した損害賠償債権は、混同により消滅したものといわなればならない(最高裁昭和四六年(オ)第一一〇九号昭和四八年一月三〇日第三小法廷判決・交通民集六巻一号一頁参照)

原告らは、民法五二〇条の混同の規定は、損害賠償債権の相続の場合には及ばないものと解すべきであると主張するが、同条はその但書において混同の例外となる場合を規定しているところ、損害賠償債権の相続がこの例外に当たらないことは明らかであり、仮に、同条の趣旨を考慮して例外を広く認めることに努めるべきであるとの立場に立つとしても、損害賠償債権の相続につき混同の規定の適用を排除すべき格別の理由は存しないものというべきである。

原告らは、「損害賠償債権の相続の場合に混同の規定を適用すると、父運転、母同乗の事故で、子が遺族の場合において、母だけが死亡したときには、自賠責保険による支払を受けることができるのに対し、父母ともに死亡したというより悲惨なときに支払を受けることができないという不合理な結果になる。」と主張して、右の結論を非難するが、他方、仮に、損害賠償債権の相続の場合に混同の規定の適用がないと解すると、夫運転、妻同乗の事故で、妻が死亡した場合に、加害者である夫は、被害者である妻から相続した損害賠償債権を行使して、保険会社から支払を受けることを認めるという不合理な結果になる。交通事故の被害者を救済するという目的のために、右の第一の設例の場合には自賠法一六条一項に基づく直接請求を認め、第二の設例の場合には認めないものとするのであれば、それは、民法及び前述のとおりの責任保険としての自賠責保険制度を創設した自賠法の合理的な解釈の範囲を超えるものであり、立法によつて解決すべき事柄といわざるを得ない。

更に、本件事故においては、原告らは、加害者亡一男が死亡しなければ、被害者亡朗子の相続人となり得ず、直接請求をすることもできなかつた者であるから、前述のような法解釈上の無理を冒してまで直接請求を認めなければならない合理的根拠に乏しいものというべきである。

3 請求の原因5の(二)の(2)のうち、原告らが被告に対し、昭和五七年九月六日、亡朗子の相続人として自賠法一六条一項に基づく直接請求をしたこと、被告が原告関幸子に対し、同月七日、保険契約者である亡一男の相続人として自賠法一九条の二に基づく追加保険料の支払を請求したこと及び同原告が被告に対し、同月一七日追加保険料を支払つたことは、いずれも当事者間に争いがない。

自賠法一九条の二に規定する追加保険料徴収制度は、自賠責保険の収支の改善、保険契約者間の保険料負担の公平化及び交通事故の発生防止に役立つべきものとして創設されたものであり、死亡事故をおこした車両の保険契約者に対し制裁的意味を含めて、追加保険料を課すという制度である。追加保険料は、車両保有者の損害賠償責任の有無を問わず徴収され(同条五項参照)、保険会社は、交通事故による死亡があつたことを知つたときには、遅滞なく、保険契約者に対し、追加保険料の額及び支払期限を書面により通知するよう義務づけられている(同条二項参照)ところ、被告は、右の手続きの一環として、原告関幸子に対し、追加保険料の支払を請求したものであるから、特別の事情の存しない限り、被告において追加保険料の支払を請求したことが、原告らに対し、自賠法一六条一項に基づく直接請求につき、原告らの相続した損害賠償債権が混同によつて消滅したことを理由としてその支払を拒絶しない旨表明したことになるものと解することはできず、右の特別の事情が存したことについての証拠はないから、被告の原告らに対する支払拒絶が禁反言の法理又は信義誠実の原則に違反する旨の原告の主張は採用することができない。

なお、本件のような事案において、相続人が加害者の相続を放棄し、被害者の相続を放棄しなければ、直接請求をすることができることになるが、相続の放棄をするか否かは、加害者及び被害者双方の相続財産の内容如何によつて決せられるのが通常であるから、加害者及び被害者の相続を放棄したか否かによつて直接請求をすることができるか否かについて差異が生ずることをもつて、不合理なものということはできない。

4 よつて、原告らは、被告に対し、亡朗子の相続人として自賠法一六条一項に基づく直接請求をすることはできないものというべきである。

三 次に、原告らが被告に対し、亡一男の相続人として自賠法一五条に基づくいわゆる加害者請求をすることができるか否かについて検討する。

1 請求の原因6の(一)の事実は、当事者間に争いがない。

2 自賠法一五条に基づく被保険者の保険金請求権は、被保険者の被害者に対する賠償金の支払を停止条件とする債権である(最高裁昭和五三年(オ)第八八〇号昭和五六年三月二四日第三小法廷判決・民集三五巻二号二七一頁参照)ところ、自賠責保険は、前述のとおり、被害者に対し損害賠償債務を負うことによつて被る被保険者の現実の損害を填補することを目的とするものであるから、右の支払とは、被保険者が被害者に対して自己の出捐によつて損害賠償債務の全部又は一部を消滅させたことを指し、混同による損害賠償債務の消滅は、右の支払に当たらないものと解するのが相当である。

右の最高裁判決は、被保険者の保険会社に対する保険金請求権につき転付命令が有効に発せられることによつて弁済の効果が発生して、被保険者の被害者に対する損害賠償債務が消滅する場合を扱つているのであり、混同による損害賠償債務の消滅が右の支払に当たるとする原告らの主張を先導するものと解することはできない。

3 よつて、原告らは、被告に対し、亡一男の相続人として自賠法一五条に基づく加害者請求をすることはできないものというべきである。

四 以上の次第で、原告らの本訴請求は、いずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

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